石原詢子 スペシャルインタビュー!「"癒しの演歌" みたいなのを歌えたらいいな〜って…」前作『五島椿』に続き、自身が作詞・作曲を手がけた新曲『風花岬』が2024年7月10日に発売!「USEN」演歌・歌謡曲リクエストチャートで 1位! 明るい響きの歌声で言葉が耳に残る、マイナー調の切ない王道演歌!
インタビューの最後に、直筆サイン色紙 の 読者プレゼントあり!
Ishihara Junko
石原 詢子
42nd Single『 風花岬 』(かざはなみさき)
★ 1988年に「元祖・演ドル」として歌手デビュー!
★ 2000年に 12枚目のシングル『みれん酒』で「NHK紅白歌合戦」に初出場!
★ 2018年からは、詩吟の家元としても活躍中!
★ オリジナル ソロとして 42作目の最新シングル『風花岬』!
★ 前作『五島椿』に続き、自身が作詞・作曲を担当!
★ 明るい響きの歌声で言葉が耳に残る、マイナー調の切ない王道演歌!
★「USEN」演歌・歌謡曲リクエストチャートで 1位!
★ カップリング曲『母春秋』は、8年間温め続けた曲!
★「"癒しの演歌" みたいなのを歌えたらいいな〜って…」
■ シングル リリース情報

■ コンサート / イベント 情報
「茨城県民女性のつどい」(茨城県)
2024年 9月7日 (土) ① 10:00 開場 10:30 開演 / ② 14:30 開場 15:00 開演
ザ・ヒロサワ・シティ会館 大ホール
¥4,000
「カラオケ大会 ゲスト出演」(佐賀県)
2024年 9月15日 (日) 12:00 開演 (本人出演時間 14:40 予定)
唐津市文化体育館
¥3,500
「秋の歌祭り ゲスト出演」(福岡県)
2024年 9月16日 (月・祝) 9:15 開場 / 10:00 開演(本人出演時間 17:00頃 予定)
大野城 まどかぴあ 大ホール
指定席S席 ¥3,500 / 自由席A席 ¥1,500
「彩・恋・歌コンサート」w/伍代夏子、香西かおり(兵庫県)
2024年 9月23日 (月・祝) 13:30 開場 / 14:00 開演
田園交響ホール
一般 ¥8,000
「演歌女子。〜昭和の名曲ヒットパレード〜」(東京都)
w/田川寿美、大石まどか、みずき舞、岩本公水、椎名佐千子(東京都)
2024年 9月28日 (土) ① 12:00開演 / ② 16:00 開演
ティアラこうとう(東京都)
一般 ¥6,800
「Go To Omura Big 歌謡ショー」(長崎県)
2024年 10月12日 (土) 13:00頃
シーハットおおむら メインアリーナ
入場無料(要申込)
「石原詢子 Birthday Dinner Show」(東京都)
2024年 10月21日 (月) 受付16:30〜 / ディナー17:30〜 / ショー18:30〜
浅草ビューホテル
¥29,000(全席指定・コース料理・フリードリンク・サービス料・税込)
「お・ん・な花舞台コンサート」w/田川寿美・小桜舞子(茨城県)
2024年 10月27日 (日) 午前の部 11:30 開演 / 午後の部 15:00 開演
坂東市民音楽ホール ベルフォーレ
S指定席 ¥5,000 / A指定席 ¥4,000
「かみごとうゆかりの歌謡祭」(長崎県)
2024年 11月10日 (日) 13:30
新上五島町備蓄記念会館
■ 石原詢子 スペシャルインタビュー!

昨年、2023年5月に発売された前作のシングル『五島椿』(作詞:いとう冨士子 / 作曲:いとう冨士子 / 編曲:若草 恵)は、ソロ通算41作目にして、シングルの表題曲で初となる自身が作詞・作曲を手がけた曲(いとう冨士子は、石原詢子のペンネーム)。メジャー調、ミディアム・テンポで、石原詢子の真骨頂とも言える「しあわせ演歌」。無理のない綺麗なメロディの言葉が耳に残るキャッチーな曲で、本当によく出来たいい歌だ。明るくて、やわらかく、心地よい響きの歌声と、語るような歌唱で、情景が浮かび、言葉が沁みてくる。
そして、先月、2024年7月10日には、ソロ通算42作目となる最新シングル『風花岬(かざはなみさき)』(作詞:いとう冨士子 / 作曲:いとう冨士子 / 編曲:若草恵)が発売となった。前作『五島椿』に続き、今作も自身が作詞・作曲を手がけている。まるでプロの作詞家が書いたような、シンプルで見事な構成の歌詞に、無理のない、素直で綺麗な、言葉を生かすメロディが付けられていて、前作『五島椿』に続き、作家としての非凡な才能も感じさせるいい歌だ。
メジャー調のほのぼのとした「しあわせ演歌」だった前作の『五島椿』とは違い、新曲『風花岬』は、マイナー調の切ない王道演歌。たとえば、『夕霧海峡』(作詞:水木れいじ / 作曲:岡千秋)のような、『みれん酒』(作詞:里村龍一 / 作曲:水森英夫)などとは正反対にある石原詢子のまた別の一面だ。
石原詢子は、歌声の響きが明るいところが魅力だ。「明るい曲」とか「暗い曲」という曲調に関わらず、歌声の響きが明るいから言葉が伝わってくる。さらに、響きが「明るい」のに「やわらかさ」もあるところが特徴的だ。なかなかこの2つは両立しないものだが、石原詢子の場合、語るように歌うところはもちろん、張って歌うところでもチカラではなく響きで歌っているから、ビロードのように滑らかで、やわらかく、やさしい。
これまで、王道の演歌だけでなく、永井龍雲が提供したフォーク歌謡の名曲『あまやどり』(2005年)、国安修二とのデュエット曲でロック調の歌謡曲『何も始まらないなら』(2010年)、自身が作詞した竹内まりやを彷彿とさせるようなポップスバラード『逢いたい、今すぐあなたに…。』(2011年)、『誰より好きなのに』で知られるシンガーソングライター 古内東子 が提供したポップスバラード『ただそばにいてくれて』(2021年)など、石原詢子は、ポップス調の歌にも定評がある。
一方、父親が詩吟の家元だったため、幼い頃より詩吟を習い、12歳で師範代となり、2018年には、生前の父親との約束を果たし、詩吟「揖水流詢風会」(いすいりゅう じゅんぷうかい) の家元となり、現在、大阪と東京で詩吟教室を開講している。
演歌から、ポップス、ロック、そして、詩吟と、石原詢子の歌の幅は極めて広い。
1988年、アイドル歌手のようなビジュアルながら演歌を歌う「元祖・演ドル」として、シングル『ホレました』でデビューした石原詢子。1994年の『三日月情話』(7th Single)が、第27回 日本作詩大賞で優秀作品賞を受賞、翌1995年『夕霧海峡』(8th Single)がヒット、そして、1999年『みれん酒』(12th Single)がロングセールスとなり、翌2000年に NHK紅白歌合戦に初出場。2003年にも『ふたり傘』で NHK紅白歌合戦出場。
ずっと「若手歌手」というイメージだったが、昨年、2023年にはデビュー35周年を迎え、今年、2024年は36年目に入っている。もちろん、まだまだ上の先輩歌手もいるが、一方、若い歌手も増えてきていて、そういう人たちからはベテラン歌手と言われる。そういう微妙な立ち位置ながら、前作『五島椿』から今作『風花岬』と、歌手としてだけでなく、作詞・作曲という面でも非凡な才能を見せ、新しい石原詢子を感じさせてくれる。
そんな今が、一番、魅力的かもしれない。
<もくじ>
1 シングル表題曲で初めて作詞・作曲を手がけた前作『五島椿』
〜「何か私の中の琴線に触れたんでしょうかね…」〜
2 前作に続き作詞・作曲を担当した新曲『風花岬』
〜「風花をテーマにした詞を作りたいなと…」〜
3 素直で耳に残るメロディの秘密
〜「私達、歌手は、同じように思う方もいると思いますが…」〜
4 前作に続き、自分で判断しなければならない歌録り
〜「それだけは、ちょっと気をつけてやりましたね…」〜
5 7年前から温めてきたカップリング曲 『母春秋』
〜「家族のためだけに生涯を終えた人ですね…」〜
6 最近、好きで聴いている歌手
〜「"癒しの演歌" みたいなのを歌えたらいいな〜って…」〜
7 今後、やってみたいこと
〜「おぼろげながら自分の中でイメージしてるんです…」〜

1 シングル表題曲で初めて作詞・作曲を手がけた前作『五島椿』〜「何か私の中の琴線に触れたんでしょうかね…」〜
ーー 昨年、2023年5月に発売された前作のシングル『五島椿』(作詞:いとう冨士子、作曲:いとう冨士子、編曲:若草 恵)は、ソロ通算41作目にして、シングルの表題曲で初となる自身が作詞・作曲を手がけた曲(いとう冨士子は、石原詢子のペンネーム)。メジャー調、ミディアム・テンポで、石原詢子の真骨頂とも言える「しあわせ演歌」。無理のない綺麗なメロディの言葉が耳に残るキャッチーな曲で、本当によく出来たいい歌だ。明るくて、やわらかく、心地よい響きの歌声と、語るような歌唱で、情景が浮かび、言葉が沁みてくる。
ーー 長崎県・五島列島を舞台に書かれたこの歌『五島椿』がきっかけで、2023年6月には「五島市 ふるさと大使」と「新上五島町 観光物産大使」に任命された。
石原: ありがとうございます。そうですね、この 1年間で 5回、五島列島の方に行きまして、そのうちの 3回はもうプライベートで行ってるんですけれども、やっぱり、地元の方たちが、この五島を舞台にしてくれているっていうことをすごく歓迎してくださっていて、それはものすごく肌で感じてます。
石原: 五島市の市長さんや、新上五島町の町長さんも、すごく協力的になってくださっているので、「ご当地ソングを歌うってこういうことなんだな」っていうのをすごく肌で感じています。まあ、岐阜はね、故郷なので、繋がりっていうのは元々あったものですけど、今回は、もうゼロから始まっているので、この 1年間はすごく濃密っていうか、かなり地元の方たちとの接点はあったかなっていうふうに思いますね。
ーー 自身のブログで、2023年の3月30日から始めた「『五島椿』便り」も、すでに450回以上となっている。もともと五島が好きで『五島椿』の歌詞を書いたということだが、五島のどこに強く惹かれるのだろう?
石原: あ〜、なんですかね〜。あの……、最初、長崎出身の方との接点があって、「五島って 1回行ったことあるかな〜?」っていうその程度だったんですけれども、そこを舞台にして曲を書く、詞を書くって決めたときに訪れたときの、なんて言うか「素朴さ」っていう感じ……。
石原: やっぱり、景色一つ一つにしても、何か私の中の琴線に触れたんでしょうかね……。やっぱり、(いろんなことが事前に)「インプットされていた」っていうのもかなりあったと思います。(この『五島椿』に関しては、デビューまでのヒストリーや詩吟の話などとともに前回のインタビューで詳しく話してくれているので、そちらをお読みください。最下部にリンクをつけておきます。)
ーー 自身の YouTube チャンネル『詢ちゃんねる』にある、『五島椿』の歌唱ワンポイントレッスンも好評だ。「ワンポイント」となってはいるが、ワンコーラス全部を実に細かくわかりやすく解説している。
石原: ああ、そうですね〜、フルですね……(笑)。
ーー 詩吟の師範でもあるだけあって、教え方もうまい。これまであまり見たことのなかったような語り口の石原詢子が見られる。
石原: ああ〜……、ありがとうございます。いや、そうですね〜、高校のときから生徒さんに教えてましたから、それが、そのまんま出てる感じですよね……(笑)。

2 前作に続き作詞・作曲を担当した新曲『風花岬』〜「風花をテーマにした詞を作りたいなと…」〜
ーー 先月、2024年7月10日には、ソロ通算42作目となる最新シングル『風花岬(かざはなみさき)』(作詞:いとう冨士子 / 作曲:いとう冨士子 / 編曲:若草恵)が発売となった。前作『五島椿』に続き、今作も自身が作詞・作曲を手がけている。まるでプロの作詞家が書いたような、シンプルで見事な構成の歌詞に、無理のない、素直で綺麗な、言葉を生かすメロディが付けられていて、前作『五島椿』に続き、作家としての非凡な才能も感じさせるいい歌だ。
ーー メジャー調のほのぼのとした「しあわせ演歌」だった前作の『五島椿』とは違い、新曲『風花岬』は、マイナー調の切ない王道演歌。たとえば、『夕霧海峡』(作詞:水木れいじ / 作曲:岡千秋)のような、『みれん酒』(作詞:里村龍一 / 作曲:水森英夫)などとは正反対にある石原詢子のまた別の一面だ。
ーー スキのないメロディは印象的で、とくに、サビの最後の「♪ひとり ひとりの 風花岬」「♪なみだ なみだの 風花岬」が耳に残る。すでに、「USEN」演歌・歌謡曲リクエストチャートで 1位(7月17日付)となっている。
ーー 「風花」(かざはな)とは、「雪のつもっている風上から、風に吹かれてまばらに飛んでくる雪」や「晴天に風が立ってちらちら雪が降ること」、あるいは「山岳地帯の雪が上層気流に乗って風下側に落ちてくるもの」を表す言葉のようだ。『風花岬』の歌詞は、この「風花」というキーワードをもとに作られたが、どういうきっかけで「風花」という言葉が思いついたのだろう?
石原: あの〜、全然、覚えてないんですが……、要は、前回、『五島椿』で詞をやらせてもらうようになってから、やっぱり、いろんな言葉を携帯とかメモ帳とかに書くように、さらになったんですけども、たまたま何かで、多分、テレビだったと思うんですけど、なんか「この風花って、ウチの田舎でも見たな〜」というのがあって、それをすぐにもう携帯の中に「風花」って入れて(メモして)、「風花、使えるな」ってずっと思ってたんです。また機会があったら、この「風花」をテーマにした詞を作りたいなと思ってたんですね。で、今回、5作、作ったうちの一つが、この『風花岬』だったんです。
石原: これが……、たとえば、その設定ですよね……、「どこにするのか?」っていうのがあって、たとえばね、最初、「風花海峡」っていう海峡にしたんです。そのほかにも、いろいろ、酒場とか、都会とかもありかなとかと思ったんですけど、そこで、でもやっぱり「広いところの方がいいかな」っていうので、岬に設定して、それで詞の方を作っていったんです。
石原: で、今回、この(歌い出しの)頭の繰り返し、「風」と「雪」と「花」を最初から決めてたんです。この『風花岬』っていうタイトルを決めた瞬間に、もう「風と雪と花を入れよう」と思ってました。
ーー もちろん、『風花岬』とは架空の岬だが、たとえば、これも五島のイメージなのだろうか?
石原: いや、五島には「風花」はないと思います。大きい山がないので。多分ですけどね。あんまり雪も降らないって聞いていましたから。ただ、今年は結構降ったって聞きました。
石原: それで、どっちかっていうと、太平洋側が多いんですって、調べたら。あとは、高い山がある富士山とか、うちの田舎で言うと伊吹山とか、あと御嶽山とか、ああいう高い山から風に乗って平地っていうか陸の方に降りてくるその雪のことを「風花」っていうんですけど、その「風花」が舞い散って地面や自分の体に落ちる前に雪がふっと消えてしまう、その儚い部分と、女性のこの切ない気持ちをなんかうまくできたらいいなっていうので書き上げていったんですね。
ーー 最初から決めていたという毎コーラスの歌い出し、「♪風に 風に… 風にひらり」「♪雪が 雪が… 雪がちらり」「♪花は 花は… 花はふわり」や、それらに続く「♪青い空へと 舞う風花」「♪頬に冷たく 舞う風花」「♪胸の隙間に 舞う風花」の言葉の揃え方や、毎コーラスのサビの最後「♪ひとり ひとりの 風花岬」「♪なみだ なみだの 風花岬」の部分など、『五島椿』のときもそうだったが、まるでプロの作詞家が書いたような見事な歌詞だ。
石原: いやいや、そこまでではないですけど……、ありがとうございます。あの、「風花」は、最後の「風花岬」以外のところにも入れたかったんですよね。
ーー 3コーラス目の「♪愛した人には 愛されず 泡のように 消えた日々」の部分も、石原詢子の歌声で切なさが沁みてくる。
石原: ああ……、ありがとうございます。

3 素直で耳に残るメロディの秘密 〜「私達、歌手は、同じように思う方もいると思いますが…」〜
ーー 実は、最初は、『風花岬』のメロディは作曲家が作る予定だったようだ。
石原: はい、曲の方は、詞を決める前から、(作曲家の)先生にお願いしようと思ってたんですけど……、私ではなく、ディレクターもウチの社長も「曲に関してはその方がいいんじゃない?」ってことで。
石原: それで、「とりあえず詞を書いてください」って言われたので、その詞を書いていて、そしたら、「この詞を書いたときって、曲のイメージって何となく頭に入ってます?」って言われたので、もちろん、書くときは「こういう感じかな」っていうので、とくに「風に 風に... 風に」って 3つ同じ言葉を繰り返しているので、「♪タ〜ララ〜 ララララ〜」とか、「自分の中で、この歌を追いながら書いたりはしてたよ」っていう話をしたら、そしたら、「曲もやってみます?」って言われたので、「いや〜、やらせてもらえるんだったら、やりたい。駄目だったら(作曲家の)先生に頼んでください」っていうことで、曲も書くことになったんです。
石原: それで、メロディは早かったんです。ピアノで作ったものをディレクターに譜面に起こしてもらってって感じですね。で、Aパターン、Bパターン、Cパターンまで作ったんです。同じこの歌詞で 3つ作ったんですけど、そのうちの一つはディレクターに最初に聴いてもらったときにもうボツになって、「A と B でちょっと作ってみよう」ということで、Bメロに入るところがちょっと違っている感じだったんですけど、その 2つをみんなに聴いてもらって、最終的にこちらになったんです。
ーー おそらく、歌詞を書いている時点で、すでに石原詢子の頭の中にメロディが流れていたのではないかと思う。歌詞の言葉自体にリズムがあるし、すでに言葉がメロディを持っているようにも感じる。いずれにしろ、『五島椿』もそうだが、今回の『風花岬』も、素直で無理のない、耳に残る綺麗なメロディだ。
石原: ありがとうございます。あの〜、なんて言うんですかね……、私達、歌手は、同じように思う方もいると思いますが、自分の好きなメロディラインというのがあるんですよね。なので、「こう行きたいな」っていう自分好みの方向に私は作ったんです。そういうのは、もう本当に素人感覚で、「こうやって行ったら、こっちに行きたい!」っていうふうに、もう思う方に、「私だったらこっちに行く」「私、こっちに行きたいな」っていう流れで作っていきましたね。だから、裏切りがないんです、多分……(笑)。
ーー 言葉とメロディのマッチングもいい。メロディによって言葉が鈍ることもなく、自然なアクセントだから、言葉が聴こえてくる。
ーー たとえば、Aメロの「♪風にひらり」の「ひらり」のところは、言葉は 3文字だが、実際は「♪ひぃらぁりぃ」と歌っていて、音符は 6つになる。そういう部分も、最初に作った段階でできていたのだろうか?
石原: はい、そうですね。
ーー コブシなども、作曲の段階からイメージしていたのだろうか?
石原: 今回ね、私、指摘されて初めて気付いたんですけど、「コブシがなくても歌える演歌」っていう……。この間、大阪に行ったとき初めて言われて、あっ、そう言われれば、たしかにコブシちょこちょこと入ってますけど、なくてもいけるかなっていう……。
ーー たしかに、その通りだが、入っているコブシは効果的だ。
石原: ありがとうございます。なんの意識もしてないんですけどね〜……(笑)。
ーー いずれにしろ、今後も 石原詢子 が作詞・作曲した曲をもっと聴きたくなる。
石原: そうですね〜、まあ、必ずどこかでネタ切れになるとは思うので……。まあ、詞の方は、すごく好きなので、これからも書きたいなとは思ってますね。詞と一緒に(曲の)イメージが膨らめば(曲も)書けると思うんですけどね。そうですね、書いているときは、なんとなく「♪ラララ〜」「う〜ん、ここは 3音で……、5つと 7つかな」とか、そこからまた言葉を選んでいったりしてますね。
石原: でも、曲に関しては、やっぱり自分の引き出しがないことは、自分が一番よくわかっているので、自分が行きたい方向っていうのはわかっているので、機会があれば作っていきたいなと思いますし、もうこれからは CD じゃなくても、自分で作ったりとかして、配信だけでもやっていけたらいいなって。

4 前作に続き、自分で判断しなければならない歌録り 〜「それだけは、ちょっと気をつけてやりましたね…」〜
ーー 『風花岬』は、アレンジも素晴らしい。とくに、メロディの裏にさりげなく入っているストリングスなど、さすが、大ベテランで数多くのヒット曲の編曲を手がけた名手、若草 恵(わかくさ けい)と思わせる。前作、『五島椿』のときは、石原詢子がアレンジのリクエストをしたが、今回も何かリクエストしたのだろうか?
石原: はい、そうですね。この「風花」が、この雪の結晶がキラキラ落ちてくるような感じとか、そういう言い方をしました。で、「イントロも切ない音を 1本なんか入れてほしい」って言ったら、今回、ティン・ホイッスルっていう『タイタニック』の「♪タラララ〜」のあの音を(若草 恵)先生から「こんなのどう?」っていうことで聴かせてもらって、「あっ、いいですね〜先生!」っていうことで……。
ーー イントロと間奏に入っているリコーダーにちょっと似ている音がティン・ホイッスルだ。雰囲気を作るのに効果的に使われている。
石原: そうです、そうです。
ーー 結果、アレンジされて出来上がったものは、とても満足できるものだった。
石原: いや〜、もう、まさにイメージ通りでした。こんな私の拙い説明で……(笑)。前は(『五島椿』のときは)「異国情緒が漂って、教会があって、だけど、椿は防風林にもなって」とかっていうのも全部説明して、「ちょっと力強さも欲しい」とかそういう説明しかできなかったんですけど、今回も、同じように、「ここのところに、ちょっとキラキラが入る」とかっていうのを入れていただいたりとかしてましたね。
ーー 一般的に、作曲家が書いた曲を歌う場合には、歌録りのレコーディングの時、その作曲家が、歌い方の細かいアドバイスなどディレクションをしてくれる。しかし、前回の『五島椿』も今回の『風花岬』も、自分が作家でもあるため、そういう人はいない。もちろん、ディレクターはいるが、自ら歌い、自ら判断しなければいけない部分も少なくない。前回、『五島椿』のときは、「やりにくかった」と言っていた。
石原: 同じです、やっぱり。「これでいいのかな?」っていうのはあります。
ーー カバー曲とは違い、オリジナル曲を歌う場合、お手本となるような正解がないから難しい。自分がお手本を作らなければならない。つまり、正解がないから迷う。
石原: はい。で、まあ、たとえば、作曲家の先生がいらっしゃったら「ここは、こうじゃないか?」って言うであろうという体で……、もう、そういうふうにするしかないですよね。今回、やっぱり、とっても切ない歌だから「あえて明るく歌いたいな」っていうのがあったので、それだけは、ちょっと気をつけてやりましたね。
ーー 声の響きが明るいから言葉が聴こえてくる。さらに、たとえば、Aメロの「ひらり」「ちらり」「ふわり」なども、流れないで、ひとつひとつの音を丁寧に、言葉を置くように歌っている。サビの「いないのよ」「独りきり」「見えないの」など張るようなところでも、チカラが抜けているのに力強い歌声で、やわらかく、言葉を丁寧に語っている。
石原: まっ、意識はあんまりしてないですけど、やっぱり自分が作っているだけに、その辺は気にして……。なんて言うんですかね、言葉を大事にしなきゃっていうのはすごくあったのと、伝えたい部分っていうのも、すごく明確になっているので、そこはすごく気を使いましたね。
ーー 前作『五島椿』のときは初めてだったが、今回は 2回目だったため、そんなに何度も歌うこともなく、歌入れのレコーディングを終えた。
石原: そうですね。『五島椿』のときの方が、ちょっと迷いはありましたね。今回は、(レコーディングで歌ったのは)5回くらいですかね。
ーー CD の発売とともに公開されたミュージックビデオは、洋装と和装の両方が出てくる珍しいものだ。
石原: ねっ、なんでああなったんでしょうね……(笑)。私もよくわかんない……(笑)、「なんで深海になってるんだろう?」とかって思ったんですけど、あれは、ディレクターのアイディアみたいです。なんか、最初は洋服だけだったんですけど、私が「着物も着たい」って言ったんです。『五島椿』が、もう全面的に洋服で、景色と一体化させるような感じだったので、「2曲続けて洋装は嫌だな」っていうので、やっぱり「ファンの人も着物着てるっていうところが欲しいと思うから」っていうことで……、そうなんです。

5 8年前から温めてきたカップリング曲 『母春秋』〜「家族のためだけに生涯を終えた人ですね…」〜
ーー 前作『五島椿』のときには、カップリング曲『『流れる雲に』(作詞:いとう冨士子 / 作曲:いとう冨士子 / 編曲:若草 恵)も自作の曲だったが、今回のカップリング曲、『母春秋』(作詞:菅 麻貴子 / 作曲:杉本眞人 / 編曲:佐藤和豊)は、ちあきなおみ の『紅い花』『冬隣』『かもめの街』などや、因幡晃『忍冬』、桂銀淑『花のように鳥のように』、そして、小柳ルミ子 の『お久しぶりね』『今さらジロー』などでも知られる杉本眞⼈(杉本真人)が作曲した作品。
ーー ゆったりしたマイナー調の『母春秋』は、亡くなった母を想う歌詞や、曲調、アレンジも含め、作曲家の 杉本眞人(杉本真人)が、自ら すぎもとまさと 名義で歌いヒットした『吾亦紅』(作詞:ちあき哲也 / 作曲:杉本眞人、2007年)のイメージの曲だ。
石原: まさに、そうです。これ、8年前の歌なんですけど、『化粧なおし』(作詞:たきのえいじ / 作曲:杉本眞人)って曲を(杉本眞人)先生に書いていただいたときに 3曲作ってきてくださって、そのうちの 1曲なんです。これは、何かの機会のときに出すか、もう「ライブでしか聴けないっていうような形にしていこう」っていうことでディレクターが温めてたんです。
石原: で、実は、1回、『化粧なおし』のときに配信では出してるんですけど、それで、今回、カップリングにしようってことになって……、なので、歌は、もう、そのときの歌のままです。これは、「何かのときに出そう」ってことになってまして、今まで、なかなかそういうタイミングがなかったというのもあったんですけど、一度、配信しているので、今回、形にしましょうってことで、(杉本眞人)先生に了承を得てカップリングに入れました。
ーー 『母春秋』は、本当に、『続・吾亦紅』のような、心締め付けられるような曲だ。
石原: そうですね。(杉本眞人)先生と一緒にお酒を飲むこともあるので……(笑)、その当時、よく(杉本眞人)先生と、多岐川舞子 ちゃんと、大石まどか ちゃんと、4人で飲む機会があって、で、(杉本眞人)先生に曲を書いていただくってなったときに、「詢子、どんな曲がいい?」って聞かれて、「1曲は先生が思う私のイメージで作って」って言ったのが『化粧なおし』と、あのカップリングになった『すみだ川夜曲』(作詞:冬弓ちひろ)で、(杉本眞人)先生はそっち推しだったんです、カップリングになった方が。
石原: で、もう 1曲は、「先生の『吾亦紅』を超える曲を作ってください」って言ったら、「できねえよ!そんなの!」とか言われたんですけど……(笑)。それで、その当時、ウチの母の話をして、母が亡くなってもう 20年になるからっていうことで、「お母さんを思い出させるような歌がいいな」っていうことで(杉本眞人)先生にお話したんです、「ウチの母はこういう人だったんですよ」って。
石原: そしたら、(杉本眞人)先生が、「いい詞を持ってるから、詢子、先にそれ見てくれる?」って言って、(作詞の)菅(麻貴子)さんがもう書いていらっしゃったものを(杉本眞人)先生が持っていらして、で、みんなで見せていただいて「いいですね」と。それで(杉本眞人)先生に曲を書いていただいたんです。
ーー 石原詢子の母は、8作目のシングル曲『夕霧海峡』(作詞:水木れいじ / 作曲:岡千秋)(1995年8月2日発売)の発売直前、1995年7月25日に急死している。さらに、発売後、母の死からわずか 18日後に母を追うように父も他界している。この『母春秋』を歌うと、必ず母を思い出すだろう。
石原: まだ(8年前のレコーディング以外で)歌ったことないですし、今後も歌うことはないと思います……(笑)。歌えない……(笑)。平常心で歌えない曲をわざわざ歌う必要はないとかって思って……(笑)。まあ、ライブで、弾き語りとかでちょっとやったりとかはありかな〜とかは思ってるんですけど。
ーー 詩吟の家元だった石原詢子の父は、大変に厳しい人だった。最初、歌手になることにも大反対された(歌手になるまでのヒストリーに関しては、前回のインタビューで語ってくれているので、そちらをお読みください。最下部にリンクをつけておきます)。一方、母は、どんな人だったのだろう?
石原: もう、非常に無口な人で……、あんまり会話をしたっていう記憶がない……。もちろん、日常生活の中ではあったとしても、何か二人で、たとえば膝を交えて話したとかそういう記憶がないんですよね。
石原: 電話で話しても、「元気?」「うん、元気やよ」くらいで、「そっちはどうなの?」とかって聞くことがあんまりない人でしたね……、もう、こっちが一方的に喋る。
石原: だから、家族で夕飯食べていても、お父さんの横にちょこんと座って、いつも黙って兄弟たちの話、お父さんの話を聞いてる人で、ほとんど、あんまり会話をするようなことのない寡黙な人でしたね。で、いつもニコニコしてて……、そのイメージしか……。
ーー まさに、この『母春秋』の歌詞のように、自分は一歩下がって周りを立てるというような人だったのだろう。
石原: ああ、もうそうです。家族のためだけに生涯を終えた人ですね。
ーー だとしたら、余計に、この歌詞が重なる。
石原: そうなんですよ〜。

6 最近、好きで聴いている歌手 〜「"癒しの演歌" みたいなのを歌えたらいいな〜って…」〜
ーー 以前のインタビューで、石原詢子 は、アメリカのカントリー歌手、アラン・ジャクソン(Alan Jackson)と 浜田省吾 が好きだと言っていた。ほかに、最近、好きで聴いている歌手はいるのだろうか?
石原: 最近……、う〜ん……、岡村孝子 さん。このソニー(ミュージック)に 岡村(孝子)さんがものすごく好きな方がいて、癒し系の方なので……って思ってちょっと興味を持って YouTube とかで聴いてたら、なんかちょっとハマってしまって……。
石原: すごく良くって、演歌を歌う私も、こういう風に「癒しの演歌」みたいなのを歌えたらいいな〜って思って、最近、ちょっと聴いてるんです。
石原: あとは……、私、わりとまっすぐな人なので、圧倒的に、ハマショー(浜田省吾)か アラン・ジャクソン(Alan Jackson)ですね……(笑)。
ーー アラン・ジャクソン は、本当に王道の「ド・カントリー」というような人だ。
石原: そうです、「ド」です、「ド」です……(笑)。
ーー なぜ、そんな人を好きになったのだろう?
石原: そう思いますよね〜……(笑)。あの、最初に聴いたのが『Remember When』っていうバラードだったんですよ。なので、まずはカントリーだと全然思ってなくって、すごく優しい音楽で、ピアノで聴くような感じの歌だったんです。
石原:「すごくいい声だな」と思って、アメリカに行った時にそれを聴いて、東京に帰ってから『Remember When』を歌ってる人を調べたら アラン・ジャクソン だってことで、アラン・ジャクソン の他の曲を聴いたら、「なんか、ベタベタなカントリーだ〜」って思ったんですけど……(笑)、でも、やっぱり声がいいので、どんどんどんどんいろんな曲を聴いていくうちに、もう CD 買って、Amazon で売ってるものは全部買い、それで、全部聴いて、もうすっかりハマってしまって。
石原: で、「もう、これは生を聴きに行かなきゃ」って思って、アメリカまで行ったんですけど、行ったら、さらに好きになってしまって……(笑)。
ーー たしかに、歌声は抜群だ。それに、聴いてて肩に力が入らない音楽で、癒される感じもある。
石原: はい、そうなんです。なんて言うか、「耳に心地いい」って言うか……。でも、みんなは「コテコテじゃん!」とかって言うんですけど、「これがいいのよ〜!」って……(笑)。みんなには「カントリー聴いてると眠くなる」ってよく言われるんですけど……(笑)。

7 今後、やってみたいこと 〜「おぼろげながら自分の中でイメージしてるんです…」〜
ーー 石原詢子は、これまで、ずっと「若手歌手」というイメージだったが、昨年、2023年にはデビュー35周年を迎えた。もちろん、まだまだ上の先輩歌手もいるが、一方、若い歌手も増えてきていて、そういう人たちからはベテラン歌手と言われる。
石原: まあ、そう言われても、上の先輩方もいらっしゃいますので、いまだに「若手」って言われますけどね……(笑)。
ーー そういう、若い演歌歌手がどんどん出てきている状況を見て、どう感じているのだろう?
石原: あっ、もうね、頑張ってほしいと思います。もちろん、そうやって若い人たちが頑張って出てこられると、やっぱり私達も、なにかぬるま湯につかっているようなところは、私も含めて皆さんあると思うので。
石原: そういうところで……、たとえば、ヒット曲が若い人たちから出ていたら、やっぱり「負けたくないな」っていう「もっと頑張らなきゃな」っていう気持ちにもなります。もちろん、逆もありだと思うんですよね。やっぱり、私達が押し上げるっていう役目をやらなきゃいけないなっていうところもあると思うので。でも、やっぱり、演歌自体がどうしても、今、買ってくださる方も、聴いてくださる場所も少なくなってきているので、一緒に頑張っていきたいなっていうのはすごく感じますね。
ーー やはり、いわゆる若手に突き上げられるような感じはあるのだろうか?
石原: うん、やっぱりありますよね〜。やっぱり、私たちが……、私が個人的に言うと、「いい時」、30代のピチピチしたとき……、ピチピチとは言わないかな……(笑)、いろんな人たちが押し上げてくださるっていう、そういうタイミングっていうのが私にもあったように、その若手の方たちにも、押し上げられてるところっていうのはすごくあると思うので、それは順番だと思うんですよね。
石原: なので、今の私の年齢で、今の私のキャリアでやれること、そして、若い人たちにやれることっていうのもあると思うので、そういう人たちが頑張ってくださると、私達も「もっと頑張らなきゃな」っていう気持ちにはなると思いますね。
ーー 石原詢子がこれまで歌ってきたオリジナル曲、いわゆる「持ち歌」は、演歌から、ポップス、ロック、そして、詩吟と、ジャンルの幅が極めて広い。
ーー たとえば、石原詢子 の代名詞でもあるメジャー調の「しあわせ演歌」、『みれん酒』(1999年)、『ふたり傘』(2003年)、『しあわせの花』(2011年)や、マイナー調の『三日月情話』(1994年)、『夕霧海峡』(1995)、『桟橋』(1996年)などの王道の演歌や、人気曲『明日坂(詩吟「宝船」入り)』(2004年)などはもちろん、永井龍雲が提供したフォーク歌謡の名曲『あまやどり』(2005年)、国安修二とのデュエット曲でロック調の歌謡曲『何も始まらないなら』(2010年)、自身が作詞した竹内まりやを彷彿とさせるようなポップスバラード『逢いたい、今すぐあなたに…。』(2011年)、『誰より好きなのに』で知られるシンガーソングライター 古内東子 が提供したポップスバラード『ただそばにいてくれて』(2021年)など、石原詢子は、ポップス調の歌にも定評がある。
ーー また、1994年に発表され、NHK『サンデー経済スコープ』のエンディング・テーマにもなっていた美しいメロディが耳に残る歌謡曲調のバラード『予感』などもいい。
ーー そういう、さまざまなジャンルを歌ってきた 石原詢子だが、ほかに、今後、歌ってみたい曲調があるかを聞いた。
石原: う〜ん……、先ほどの「癒しの演歌」もすごくやりたいジャンルですけど……。あの、私の曲の中に和楽器を使ってる曲っていうのがないんですよね。1曲だけ『明日坂(あしたざか)』(2004年)っていう曲に尺八と、あと、『淡墨桜』(2007年)って曲にお琴は入っているんですけども、なんかもう「ガツッ」とした和の演歌も、ちょっとやりたいなって……。
石原: たとえば、津軽三味線とか和太鼓とか……、だけど、「歌う曲はド演歌ではなくて」っていうアンバランスなのを作りたいな〜と。それこそ、(テンポの)「速い楽曲」なのか、「ゆったりだけど三味線が入る」とか、そういうなんかいろんなものを考えたりしてます。
ーー 石原詢子 が作ったそういう曲も聴いてみたくなる。
石原: そうですね〜。そういうのを、ライブとかでできたらいいな〜と思っているので、それだったら、ちょっとなんか……。
石原: あの……、今、普通の三味線(細棹)は習ってるんですけども、ちょっと、津軽三味線(太棹)とか和太鼓とかそういうのも、時間があるときに習いたいなと思ってはいるんですよね。
石原: まあ、熱し易く冷め易いので、なかなか続かないんですけど……(笑)、三味線は結構、好きで続いてて 4年目くらいですかね。去年のディナーショーで、長唄と一緒にやらせてもらったんです。でも、普通の三味線(細棹)と津軽三味線(太棹)とでは、また弾き方が全然違ってくるので、まあ、どうなるのか……、でも、ちょっと体験をしてみようかと思っています。
ーー 最後に、今後、やってみたいことを聞いた。
石原: えっと……、最近、ライブハウスで、毎年、お誕生日のときに自分の好きなことをやらせてもらっているので、それは定期的にやっていきたいなっていうのもありますし……。
石原: あと、今ね、自分の(YouTube)チャンネルも持ってますし、インスタグラムとかそういう SNS をもっとうまく利用して、そうですね、誰かとコラボしたりとか、あと曲なんかも作って CD 化にはならなくても一方的にインディーズじゃないですけどね、そういったものを配信していって、評判が良ければそれを CD 化していくっていうようなやり方を、もうちょっとやっていきたいなとは思ってますね。
石原: やっぱり、違うジャンルの人たちとのコラボとか、あと、たとえば同業者の中でも、私が三味線であれば、誰かに尺八やってもらって、何々やって、とか……。詩吟、浪曲、民謡、端唄、小唄とかっていう日本の伝統文化を、演歌とは関係ないところで発信できるところがあったらやりたいなと。
石原: まあ、たとえば、ひとつのコンサートみたいな形にして、一部は日本の伝統芸能をやり、二部は演歌をやるとかっていうようなのを、たとえば 3人とか 4人でやれたらいいな〜と思っています。ま、浪曲なんか私もやってますけど、もっと本格的な浪曲やってる人、男性であったりとか女性であったりとか、長唄とか端唄、小唄やってる人とかと一緒に何かできたらいいなというのは、おぼろげながら自分の中でイメージしてるんですけど。
石原: あと、たとえば、和楽器を使ったバンドで演歌を歌うとか、歌謡曲を歌うとかっていうのも面白いかなと思ったりしてるんですけどね。
(取材日:2024年 7月23日 / 取材・文:西山 寧)
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いろいろわかる… 石原詢子 ロングインタビュー(2023年)大人の歌ネット
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